1. 「純粋なEVしか作らない」——10年間の教義を捨てた何小鵬の変節
2024年末、広州・華南理工大学の巨大なステージ中央に立った小鵬汽車(XPENG)の董事長兼CEO、何小鵬(He Xiaopeng)の表情には、並々ならぬ覚悟と冷徹な現実主義が滲み出ていました。
背後の超ワイドスクリーンに映し出された文字は、「小鵬鯤鵬スーパー電動体系(XPENG Kunpeng Super Electric System)」。それは、中国のいわゆる「新興EV三銃士(蔚来・小鵬・理想)」の一角として、2014年の創業以来まる10年間にわたりバッテリー駆動のピュアEV(BEV)専業路線を自負し続けてきた同社が、発電用ガソリンエンジンを搭載した「レンジエクステンダー(EREV)」市場へと正式に舵を切る歴史的な敗北宣言であり、同時に血みどろの生き残りを賭けた反撃の狼煙でした。
かつて中国の自動車産業界において、BEV専業派の創業者たちは、発電用エンジンを積むEREVを公然と見下していました。
「エンジンを抱えながら走る車は、過渡期の未熟な妥協に過ぎない」「技術力が足りないからバッテリーの限界をガソリンで誤魔化している」――。米テスラや中国・蔚来(NIO)、そして小鵬の熱狂的な支持者たちは、早くからEREVでファミリー層を取り込んでいた理想汽車(Li Auto)を「時代遅れのハイブリッド」と揶揄し、自らのBEV技術こそが未来の唯一絶対の正義であると信じて疑いませんでした。
しかし、商業の世界が下した審判はあまりにも残酷でした。
2023年から2024年にかけて、中国国内のBEV市場は成長が鈍化し、完成車メーカー各社が身を削る熾烈な価格競争の消耗戦に突入。一方で、寧徳時代(CATL)がBEV(電気自動車)動走行400km超のハイブリッド専用電池「驍遥(Freevoy)」を投入したことにも象徴されるように、航続距離の不安がなく冬場のバッテリー性能低下にも強いレンジエクステンダー車は前年比100%超のペースで爆発的にシェアを拡大しました。理想汽車が年商1,000億元(約2兆円)を超えて黒字化を達成し、ファーウェイ(華為)と組んだ賽力斯(Seres)の問界(AITO)が月販4万台超を叩き出す中、12万元台の大衆向けBEV「MONA M03」とカメラ単体方式の「P7+」でようやく反撃の糸口を掴んだ小鵬にとって、高単価な大型SUVセグメントでの収益確保にはEREVへの参入が不可欠となっていたのです。
「再生産のようなありきたりなレンジエクステンダーを作るなら、参入する意味はない」――。何小鵬は壇上でそう語り、自らの「EV信仰」を公の場で自ら解体してみせました。
2. なぜ「普通のハイブリッド」では勝てないのか:鯤鵬スーパー電動の再定義
かつての自らの発言を覆してまで投入する以上、小鵬は競合他社が量産してきた既存のEREVの設計思想を徹底的に解体し、まったく新しいアーキテクチャとして再定義することを余儀なくされました。
従来のEREVには、ユーザーが長年我慢を強いられてきた「隠れた3大欠陥」が存在していたからです。
ユーザーが直面する構造的妥協
- 小さなバッテリー(20〜30kWh):電気だけで走れる距離が120〜180km程度と短く、数日おきの充電が必須
- 400Vの遅い充電速度:高速道路の急速充電スタンドでも30〜40分以上拘束され、充電待ちの渋滞を悪化
- バッテリー枯渇時の騒音とパワー不足:残量が減ると小型エンジンが轟音を上げ、登坂時に加速が著しく鈍化
BEV基準で再設計された新世代パワートレイン
- 大型バッテリーでCLTCBEV(電気自動車)430km:一般的なBEVと同等以上の電気航続距離を確保し、日常は「完全なEV」として走行
- 全域800V+5C超急速充電:わずか12分で10%から80%まで回復(1秒で1km以上の航続をチャージ)
- 静粛型AIエンジン連携:発電ユニットの作動音増分を1dB以下に抑制。走行路面や坂道を先読みして最適制御
従来のEREVの多くは、400Vの旧世代電気系統に容量20〜35kWh程度の比較的小さなバッテリーを積み、低コストな1.5L前後のエンジンを発電機として組み合わせていました。その結果、日常の通勤でも2〜3日に一度は充電スタンドへ通わねばならず、遠出の際にバッテリー残量が低下(電欠状態)すると、小さなエンジンが高回転で唸り声を上げ、車内に不快な振動と騒音が充満するという妥協を強いられていました。
これに対し、小鵬が提示した「鯤鵬スーパー電動」の設計思想は、徹底して「BEVをベースにした発電システム」です。
車載バッテリー単体でCLTC基準430キロメートルという、一般的な普及型BEVと肩を並べる大容量バッテリーを搭載。街乗りであれば週に1度の充電で完全に電気自動車として生活でき、ガソリンを一切消費しません。さらに、同社が得意とする「全域800V高圧シリコンカーバイド(SiC)プラットフォーム」と「5C超急速充電」をそのまま実装。高速道路の超急速充電器に繋げば、わずか12分間でバッテリーの80%まで回復させることが可能です。
そして、遠距離ドライブや地方への長距離移動時には、高効率な発電ユニットがAIによる路面先読み制御(ナビ情報や勾配データと連動)と協調しながらシームレスに介入。エンジンが始動した際の車内騒音の増加幅をわずか1デシベル(dB)前後に抑え込み、トータルの総合航続距離は1,400キロメートル(一部大型モデルでは1,600km以上)に達します。
「普段は最高水準の超急速充電BEVとして走り、休日はガソリンスタンドで5分給油すれば千数百キロを走破できる」。小鵬はこのスペックによって、かつて自らが批判したEREVの弱点を全てクリアした「完全体」であると胸を張りました。
BEV専業スタートアップとしての創業
小鵬G3、P7を相次ぎ投入。スマート運転と純粋な電気自動車アーキテクチャに特化し、テスラ対抗の筆頭格として台頭。
消耗戦(過度な価格競争)き価格戦と「EREV大爆発」の衝撃
中国国内で充電インフラの地域格差が露呈。競合の理想汽車やファーウェイ問界がEREVで月販数万台規模の黒字を叩き出す。
欧州・中東・東南アジア視察での衝撃
何小鵬が海外各国の実情を調査。充電スタンドの故障率や低出力に愕然とし、社内で極秘に進めていた増程プロジェクトを全面承認。
「鯤鵬スーパー電動」発表と大型車への全面展開
航続1400km・急速充電12分を掲げ、フラッグシップMPV「X9」や大型SUVに搭載。BEVとの二刀流で世界市場を狙う。
3. 出海という冷徹な動機:欧州と新興国で突きつけられた「充電インフラの不毛」
何小鵬に10年間の信念を覆させた決定的なトリガーは、国内の販売不振だけではありませんでした。それ以上に強烈だったのは、同社が社運を賭けて加速させていた「海外輸出(グローバル展開)」の現場で直面した冷水を浴びせられるような現実でした。
中国の沿海部大都市では、いまやガソリンスタンドを上回る密度で急速充電器が林立し、高速道路のサービスエリアには数百キロワット級の超急速充電ステーションが整備されています。中国の都市部に住むエンジニアや経営者にとって、「充電の不便さ」は過去のものになりつつありました。
しかし、何小鵬が自ら欧州、東南アジア、中東、中南米へと足を運び、現地の販売代理店やユーザーの声を聞いたとき、そこに広がっていたのは中国国内とは隔絶した「インフラの断崖」でした。
ノルウェーやオランダといった一部の北欧諸国を除けば、欧州の多くの地域で公共充電器は依然として不足しており、出力も50kW前後の低速機が主流。さらに、決済アプリが国や事業者ごとに細分化され、故障によってプラグを挿しても通電しない充電器が日常的に放置されています。
東南アジアや中東、南米に至っては、都市部を一歩離れれば急速充電器など皆無に等しく、砂漠や長距離ハイウェイを走るドライバーにとって「純粋なBEV」は命に関わるリスクすら孕んだ乗り物でした。
| 比較項目 | 中国国内(沿海部主要都市) | 欧州主要国(独・仏・伊・英) | 新興国市場(東南アジア・中東・南米) |
|---|---|---|---|
| 公共急速充電網の密度 | 極めて稠密(数km圏内に超急速スタンド常設) | 都市間高速に点在、地方部は不足 | 首都圏の一部ホテル・商業施設のみに限定 |
| 一般的な充電出力 | 120kW〜480kW(800V対応が標準化) | 50kW〜150kW(300kW超は幹線沿いの一部) | 20kW〜50kWの低速チャージャーが大半 |
| 長距離走行時の心理的ハードル | 連休時の充電渋滞を除き、心理的負荷は低い | 航続計画と充電アプリの事前確認が必須 | 純粋BEVでの都市間越境移動は事実上困難 |
| 主力需要パワートレイン | BEVとEREVが拮抗(50:50) | HEV(ハイブリッド)とPHEVが根強い | 内燃機関・ストロングハイブリッドが圧倒的 |
「欧州や新興国で販売台数を10倍、20倍へとスケールさせようとしたとき、BEV専業という看板は武器ではなく、自らを縛る足枷にしかならない」。
現地での実態調査から帰国した何小鵬は、社内の開発陣に対し、極秘裏に進められていたレンジエクステンダーの開発プロジェクトを最優先トラックへと格上げするよう命じました。国内市場での生き残りはもちろんのこと、トヨタやフォルクスワーゲンが長年築き上げてきた世界市場の牙城を崩すためには、現地の貧弱な充電インフラに依存せず、どこでも走れる「ガソリン給油の保険」が絶対に不可欠だったのです。
先進国メガシティ(北欧・中国1線都市)
ピュアBEV+高度自動運転(チューリングAIチップ)でテクノロジー層を獲得
欧州広域・中東・オーストラリア
鯤鵬スーパー電動(航続1400km)で長距離ツアラー需要とインフラ不足を解消
製造・アジャイルサプライチェーン
大型ギガキャスティング車体に発電ユニットと大容量バッテリーを同一ラインで混流生産
AI自律走行モデル
高精度マップに依存しないエンドツーエンドVLAモデルで世界各国の道路を即座に走行
4. 商業的現実主義が支払う「3つの重い代償」
信念を捨て、現実的な市場のパイを獲りに行く決断は、ビジネスとしては極めて合理的です。しかし、この方針転換は決して無痛の魔法ではなく、同社のエンジニアリングとブランドイメージに深刻な代償とトレードオフを突きつけています。
① 車重の激増とパッケージングの物理的限界
430kmもの航続を可能にする巨大なバッテリーパックを床下に敷き詰めた上に、フロントフード内に内燃エンジン、発電用ジェネレーター、大型インバーター、燃料タンク、吸排気触媒システム、冷却用ラジエーターを追加する――。
この「全部載せ」のパワートレイン構成は、同クラスのBEVと比較して車両重量を200キログラムから300キログラム以上も跳ね上がらせます。車両重量が2.5トンから2.8トンに達すれば、サスペンションの支持剛性やブレーキ性能への負荷は限界近くまで高まり、タイトなコーナーでの運動性能や乗り心地の質感はどうしても犠牲になります。また、エンジンルームの容積が拡大することで、同社が培ってきた「フロントトランク(フランク)」の収納空間は失われ、居住空間とのせめぎ合いが発生します。
② コストの二重払いと利益率への逆風
小鵬が掲げる「全域800Vシリコンカーバイド+5C超急速充電対応バッテリー」は、それ単体でも自動車向け蓄電池の中で最も高価な部類に入ります。それに加えて内燃機関と精密な排気後処理システムを購入・搭載することは、製造原価(BOMコスト)の面で「EVのコスト」と「ガソリン車のコスト」を二重に背負い込むことを意味します。
中国の新興EV市場では、零跑汽車(Leapmotor)などのライバルが15万〜20万元(約300万〜420万円)という破壊的な低価格で普及型EREVを乱発しています。巨額の製造コストを抱えながら、激しい価格戦争の中で十分な売上総利益率(粗利率)を確保できるのか。高級モデルへの搭載に絞れば販売台数が伸び悩み、大衆モデルに広げれば赤字を垂れ流すという、極めて狭い価格帯の綱渡りを強いられることになります。
③ コアファン層の離反とブランドアイデンティティの希薄化
小鵬汽車を草創期から支えてきたのは、自動運転技術や先進的なソフトウェア、そして「クリーンな電気自動車による脱炭素の未来」というビジョンに共鳴した初期採用者(アーリーアダプター)たちでした。
彼らにとって、小鵬がガソリンエンジンを載せるという事実は、「理想を売り渡してライバルの後追いに堕ちた」という強烈な失望感をもたらしました。「これではソフトウェアが少し賢いだけの普通のハイブリッドカーではないか」「理想汽車の二番煎じに過ぎない」という古参ユーザーからの冷ややかな視線は、ブランドが築き上げてきた「ギークで前衛的なテックカンパニー」という独自のプレミアムを確実に摩耗させています。
5. トヨタが予言した「マルチパスウェイの勝利」と中国EVの成熟
皮肉なことに、何小鵬が10年間の純粋BEV信仰をかなぐり捨ててレンジエクステンダーに舵を切ったという事実は、過去数年間にわたり世界の自動車メディアや環境保護団体から「電動化に消極的な抵抗勢力」と叩かれ続けてきたトヨタ自動車・豊田章男会長の主張を、最も先鋭的な中国EVスタートアップ自らが強力に裏付けてしまったことを示しています。
「EVは重要な選択肢の一つだが、唯一の正解ではない。世界中の多様なインフラ環境、電力事情、そして顧客の生活実態を考えれば、ハイブリッドや内燃機関を含むマルチパスウェイ(全方位戦略)こそが最も現実的な解である」。
かつてテスラや中国勢は、トヨタのこの言葉を「レガシーメーカーの延命の言い訳」と切り捨てていました。しかし、補助金バブルが沈静化し、大衆ユーザーが自腹で車を選び、そしてインフラの未熟なグローバル市場へと船出したとき、中国のトップランナーが辿り着いた結論もまた、「ガソリンと電気の共存」という泥臭い現実解だったのです。
しかし、これを単なる「中国新興勢力の挫折」と捉えるのは早計です。
自らの教義に固執して資金を枯渇させ、市場から淘汰されていった米国のフィスカー(Fisker)やプロテラ(Proterra)のような海外BEVスタートアップに比べ、何小鵬が下した決断は、生き残るために自らのプライドを即座にゴミ箱へ投げ捨てる中国起業家特有の「冷徹なアジリティ(俊敏性)」の証明でもあります。
理想論の鎧を脱ぎ捨て、泥まみれの商業実戦へと降り立った小鵬汽車。大容量バッテリーと超急速充電、そして高度な自動運転AIを引っ提げてハイブリッドの世界へと乱入したこの「異端のBEV屋」が、世界の自動車産業の巨頭たちに突きつける挑戦状の威力は、かつての純粋なEV時代よりもはるかに重く、鋭利なものになりつつあります。
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