1. 「LiDARの元祖」が下した自らの過去の全否定
2024年10月14日、フランス・パリ国際モーターショーのメインステージ。壇上に立った小鵬汽車(XPENG)の会長兼CEO・何小鵬(ヘー・シャオポン)氏は、世界各国のメディアを前に極めて衝撃的な宣言を行いました。
「本日発表する小鵬P7+は、世界初のAI定義車両(AI-Defined Vehicle)です。そしてこのクルマには、高精度LiDAR(レーザーレーダー)が1台も搭載されていません。高度な自動運転機能はすべて、自社開発のカメラ単体システム(AIホークアイ・ビジョン)によって実現されます」
その瞬間、中国の自動車業界には激震が走りました。なぜなら、中国のスマートEV市場において「LiDARの軍拡競争」に火をつけた張本人こそ、他ならぬ小鵬汽車自身だったからです。
世界初の量産LiDAR搭載車「小鵬P5」を投入
競合各社に先駆けて2基のLiDARをフロントバンパーに埋め込み、中国の都市部NOA(ナビゲーション運転支援)の先駆者として君臨。業界全体が「LiDARを何基積んでいるか」を競うスペック偏重の時代に突入した。
組織危機とG9ショックからの構造改革
初代G9の仕様・価格設定の失敗により販売が低迷。長城汽車の重鎮・王鳳英を総裁に招聘し、サプライチェーンの腐敗排除、プラットフォームの共通化(扶揺アーキテクチャ)、製造原価の徹底削減を断行。
「MONA M03」の大ヒットと「P7+」の電撃反撃
11.98万元(約250万円)からの[小鵬汽車MONAが仕掛ける普及価格EVと自社製AI半導体](/blog/2026/08/xpeng-mona-m03-affordable-ev-turing-ai-chip/)が月販1万台を突破。続くP7+でLiDARを全廃し、エンドツーエンドAIによる自動運転の無償標準化へ舵を切った。
自ら切り拓いた「LiDAR信仰」を、わずか3年で自らの手で粉砕する。この常軌を逸した意思決定の裏には、何小鵬氏が辿り着いた冷徹な商業的リアリズムがありました。
高額なセンサーを積み上げるだけの開発は、単なる原価の浪費であり、ユーザーへのツケ回しにすぎない。ハードウェアを削ぎ落としながら体験の限界を引き上げることこそ、AI時代のクルマ作りだ。
その言葉を裏付けるように、中国国内で20.98万元(約440万円)からの事前予約が開始されると、わずか12分間で確定受注は3万台を突破しました。かつての販売不振に喘いでいた新興メーカーは、いかにして自動運転のゲームルールそのものを書き換えたのでしょうか。
2. 「追加オプション2万元」の破壊:自動運転の無償標準化が突きつける刃
中国の高級スマートEV市場には、長年にわたって暗黙のビジネスモデルが存在していました。それは「自動運転の高額オプション課金」です。
ファーウェイ(華為)の「鴻蒙智行(HIMA)」陣営は、高度な自動運転パッケージ「ADS」に約2万〜3万元(約42万〜63万円)の追加費用を課し、テスラも中国市場でFSD(Full Self-Driving)の購入に6.4万元(約135万円)を要求しています。小鵬自身もかつては、LiDARを搭載した上位グレード「Max」と非搭載の「Pro」で2万元以上の価格差を設けていました。
しかし、P7+が打った手は、この収益モデルの根底を覆すものでした。
「全車に高度な自動運転システム(XNGP)を標準装備。ソフトウェア代金、月額サブスクリプション、上位グレード差別化は一切ゼロ」
従来の業界慣行:高額オプション・囲い込みモデル
二重課金の不透明さ:車両本体価格とは別に2万〜6万元のソフトウェア購入費や月額サブスクを要求。LiDARや超高級チップを搭載した最上位グレードを選ばなければ、先進安全機能の恩恵を受けられない。
小鵬P7+の破壊的モデル:全車標準・無償開放戦略
先端技術の民主化:最廉価グレードから最上位まで、ドアツードアの都市部NOA・自動駐車をすべて標準搭載。追加課金なしで納車初日から全国の一般道・高速道路で利用可能。
この一手は、ライバル各社に対して逃げ場のない「囚人のジレンマ」を突きつけました。
仮に競合のテスラが中国でFSDの認可を取得したとしても、本体価格に加えて6万元以上の追加出費をユーザーに納得させることは極めて困難になります。また、20万〜30万元の激戦区で鎬を削る吉利傘下の極氪(Zeekr)による世界戦略SUV「7X」や雷軍が人生最後の大勝負と決めた「小米SU7」に対しても、「追加コストなしで最高峰の自動運転が手に入る」という強烈な比較優位を打ち立てたのです。
何小鵬氏の狙いは明確です。ハードウェアやソフトウェアの単品切り売りで小銭を稼ぐのではなく、自動運転をエアコンやエアバッグと同じ「当たり前の標準インフラ」に昇華させることで、20万元級セダン市場のパイを一気に独占する――まさに市場のゲームチェンジャーたる戦略でした。
3. 20万元の血戦:扶揺アーキテクチャと原価破壊のサプライチェーン
なぜ小鵬汽車は、LiDARを捨て去り、ソフトウェア代金を全額免除しながらも、20万元前後の価格帯で十分な利益率を確保できるのでしょうか。その秘密は、同社が過去2年間かけて構築した「扶揺(SEPA 2.0)アーキテクチャ」と徹底した製造原価の解体にあります。

第一に、前後一体型ギガキャスティング(メガキャスト)の全面採用です。P7+では、車体前後の構造部材を巨大なアルミ鋳造機で一体成型することにより、160点以上ものプレス部品と数千箇所に及ぶ溶接スポットを削減。車体重量を数十キログラム軽量化すると同時に、製造工程にかかる設備投資と人件費を劇的に圧縮しました。
第二に、電費性能の極限追求によるバッテリーコストの低減です。空気抵抗係数Cd 0.206という卓越した空力ボディと、自社開発の800V高電圧プラットフォームを組み合わせることで、100kmあたりの電費消費量をわずか11.6kWhにまで抑制しました。これは同クラスの大型セダン(全長5,056mm)としては驚異的な数値であり、バッテリー容量をむやみに大型化することなく600km〜700km超の実用航続距離を確保できるため、最も原価比率の高い車載電池の搭載コストを数百万円単位で削ぎ落とすことに成功したのです。
| モデル名 | 想定価格帯(人民元) | 高度運転支援(NOA)追加費用 | 主要センサー構成 | 電費(100km走行あたり) | 全長・ホイールベース |
|---|---|---|---|---|---|
| 小鵬 P7+ | 18.68万〜20.98万元(約390万〜440万円) | 0元(全車完全無償標準化) | AIホークアイ(カメラ単体・LiDARなし) | 11.6 kWh | 5,056mm / 3,000mm |
| テスラ Model 3 | 23.19万〜27.19万元(約485万〜570万円) | 3.2万元(EAP)/ 6.4万元(FSD) | ビジョン方式(カメラのみ) | 12.5 kWh | 4,720mm / 2,875mm |
| 小米 SU7 | 21.59万〜29.99万元(約450万〜630万円) | Pro/Maxのみ標準(標準車は機能限定) | LiDAR 1基(上位)/ カメラのみ(標準) | 12.8 kWh | 4,997mm / 3,000mm |
| 極氪 007 | 20.99万〜29.99万元(約440万〜630万円) | 上位グレードのみ高度運転支援標準 | LiDAR 1基(一部グレード) | 13.5 kWh | 4,865mm / 2,928mm |
上記データが示す通り、P7+はボディサイズにおいてテスラModel 3を圧倒するエグゼクティブ級の居住空間(後席レッグスペース1メートル超)を提供しながら、価格は20万元を切る水準に設定されています。高精度LiDARという高額な「ハードウェアの鎧」を脱ぎ捨て、AIモデルの軽量化によって計算効率を最大化したからこそ実現できた価格破壊でした。
4. 濃霧の死角と「旧オーナーの反発」――退路を断ったカメラ単体路線のジレンマ
しかし、この「LiDAR全廃」という劇薬は、小鵬汽車に熱狂的な受注をもたらした一方で、無視できない2つの深い傷跡とリスクも突きつけています。
第1の代償は、既存の「Maxグレード(LiDAR搭載車)」オーナーたちからの猛烈な反発です。 わずか数ヶ月前まで、小鵬の営業現場は「都市部NOAを安全に使うなら、2万元高くても絶対に2基のLiDARを積んだMaxグレードを買うべきだ」と顧客を説得していました。それを信じて大金を支払った数十万人の既存オーナーにとって、P7+の「カメラだけでLiDARと同等以上に走れる」という宣言は、まさに「後ろから撃たれたような裏切り」と映りました。今後、同社の開発リソースがカメラ単体モデルへ完全に傾倒すれば、既存のLiDAR搭載車がソフトウェア更新で取り残されるのではないかという疑心暗鬼は、ブランドの信頼を揺るがす火種となっています。
第2のリスクは、極限環境下における「カメラ単体方式の物理的限界」を巡る安全論争です。 LOFIC(横方向オーバーフロー蓄積容量)技術を採用した800万画素カメラがどれほど逆光や暗所に強くなったとはいえ、カメラは本質的に「受動光学センサー」です。街灯のない深夜の地方道で横転している黒い無灯火トラックや、重慶の深い濃霧、広東省のバケツをひっくり返したような豪雨の中では、光子そのものがレンズに届きません。ファーウェイ(華為)の余承東氏が「万が一の1%の極限状況で命を救うために、レーザーを自ら照射して距離を測るLiDARは絶対に不可欠だ」と小鵬を牽制し続けているのも、中国の消費者心理に根強く残る「命をカメラだけに預けていいのか」という恐怖を突いているからです。
小鵬が賭けた「カメラ単体SDV」の光と影
原価解体による大衆化フライホイールと、極限安全・既存顧客との軋轢
圧倒的な原価優位
LiDAR2基と専用ハーネスを削り、18万元台で高度な自動運転機能を全車標準化
フリートデータ爆発
全車標準搭載により、月間数千万kmの実走データをエンドツーエンド学習へ環流
極限天候の物理壁
豪雨・濃霧・無灯火障害物に対するファーウェイ「LiDAR必須論」との安全論争
旧世代オーナーの離反リスク
高額なMaxグレードを購入した既存顧客へのOTA継続保証という重い負債
それでもなお、何小鵬氏は退路を断ちました。なぜなら、デンソーやコンチネンタルといった伝統的メガサプライヤーのブラックボックス化されたECUに依存し、600万円以上の高級車にしか先進運転支援を載せられない日系・欧州メーカーの「漸進主義」に留まっていては、中国EV市場の血みどろの淘汰戦を生き残れないからです。
過去の自らの看板(LiDAR)すら躊躇なく切り捨て、旧オーナーからの批判という出血を覚悟の上で「20万元以下の大衆車すべてにAIを配る」道を選んだ小鵬P7+。それは美談ではなく、生き残りをかけた新興EVメーカーの冷酷なまでの生存本能そのものです。
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