1. 焼肉きんぐと海底撈を走った10万台:世界の飲食店を塗り替えた「無言の給仕」
週末の夜、日本全国の郊外ロードサイドにある「焼肉きんぐ」や「ガスト」、あるいは居酒屋チェーンの騒がしい通路。追加注文されたカルビの皿やジョッキを満載した円筒形のロボットが、テーブルの間を滑るようにすり抜け、客席のすぐ脇でピタリと止まります。
日本の消費者が日常の風景としてすっかり見慣れたこの配膳ロボットの多くは、ソフトバンクロボティクスが展開する「Servi(サービ)」や、猫耳型ディスプレイで知られる深圳・普渡機器人(Pudu Robotics)の「BellaBot」です。しかし、そのソフトバンクロボティクスと早くから戦略的タッグを組み、「Servi」の開発・製造パートナーとして、そして自社ブランド「DINERBOT(ダイナーボット)」として世界の外食産業に最も多くの機体を送り出してきた黒幕こそ、上海に本拠を置く擎朗智能(KEENON Robotics / キーンオン・ロボティクス)です。
調査会社IDCの統計によれば、擎朗智能は中国の商用サービスロボット(飲食配膳・ホテル配送)市場において長らく40%〜50%超のトップシェアを握り、世界60カ国以上で累計出荷台数10万台の大台を突破しています。
だが、華々しい「世界シェア首位」「累計10万台」という数字の裏側を覗き込むと、そこには外食産業の景気後退と過剰生産が引き起こした、背筋が凍るような商業的出血が広がっていました。
2024年から2026年にかけ、中国国内の飲食業界では年間100万店を超える飲食店が閉店・廃業に追い込まれました。かつて火鍋チェーンの「海底撈(ハイディラオ)」をはじめとする大型店舗がこぞって導入した配膳ロボットは、店舗の倒産とともに大量の「差し押さえ中古機」となって中古取引プラットフォーム「閑魚(Xianyu)」や厨房機器リサイクル市場へと放出されたのです。
- 月額リース料が3分の1以下へ暴落:かつて月額2,500〜3,000元(約5万〜6.3万円)だったサブスク料金が、今や700〜900元(約1.5万〜1.9万円)でも借り手がつかない状態に
- 閉店ラッシュによる中古機の逆流:廃業したレストランから流出した大量の中古機が新品の半値以下で出回り、メーカー自身の直販・新規リース需要を直撃
- 営業部隊と保守コストの逆ザヤ:1台あたりの回収期間が12カ月から24カ月超へ長期化し、現場でのレーザーセンサー清掃やタイヤ交換の保守人件費が利益を食い潰す
- 日韓・欧米の時給高騰を追い風に:時給1,200〜3,000円の先進国市場では「人間1人分の月給で2〜3台借りられる」高い投資対効果(ROI)を維持
- 幅49cmの極細機とホテル・医療への横展開:日本の狭小居酒屋を通過できる「T8/T11」や、エレベーターと自動連携するホテル客室配送「W3」で単価を防衛
- 業務用清掃と二足歩行機への拡張:既存の飲食店ネットワークに清掃ロボ「KLEENBOT」をクロスセルし、さらにサービス特化型ヒューマノイド「XMAN-R1」を投入
「新品のロボットを工場から出荷するたび、営業マンは自分の首を絞めるような値引き交渉を強いられる」――。上海のサービスロボット業界関係者はそう自嘲します。かつてユニコーン企業としてソフトバンク・ビジョン・ファンド2やアリババ、セコイア・チャイナ(現HongShan)から総額十数億元の資金を調達した擎朗智能は、なぜこれほど残酷な消耗戦に巻き込まれたのでしょうか。
2. 6年間の「1台も売れない時代」:華中科技大学・李通が噛み締めた屈辱
擎朗智能の創業者兼CEOである李通(リー・トン / Tony Li)は、近年の生成AIブームに乗って飛び出してきた若手起業家とは全く異なる、15年以上の泥臭い歳月を生き抜いてきたハードウェアの古兵です。
華中科技大学の電気電子工学科に在籍していた李通は、大学のロボコンチームで自律走行ロボットの制御に没頭し、卒業後のマイクロソフト・アジア研究院(MSRA)でのインターンなどを経て、2010年に上海の小さなマンションの一室で擎朗智能を創業しました。
当時の中国には、サービスロボットという言葉すら存在していませんでした。初期の李通たちが手掛けたのは、教育用の小型ロボットや、地面に貼った磁気テープの上だけを辿って走る原始的な「レール誘導式配膳ロボット」でした。
しかし、2014年から2015年にかけて最初のブームが訪れた際、この磁気テープ式ロボットは飲食店の現場で完膚なきまでに叩きのめされます。火鍋の油やスープが床のテープにこびりつけばセンサーは即座に道を見失い、客が椅子を少し後ろに引いただけで立ち往生し、さらには曲がり角で皿のスープを客の服にぶちまける事故が続発したのです。
「ロボットを導入したら、かえってロボットの世話をする店員が1人余分に必要になった」と激怒した店主たちから返品の山が築かれ、2010年の創業から2016年までのまる6年間、擎朗智能は産業として成立する自律型ロボットをほとんど量産できない暗黒期を過ごしました。
「実験室で100回成功しても、油まみれの火鍋屋の床で1回でも皿をひっくり返せば、そのロボットは即座に粗大ゴミになる」
転機となったのは2016年、自動運転車向けの低コストLiDAR(レーザー距離センサー)とSLAM(自己位置推定と環境地図作成)アルゴリズムを、1台数万元の屋内配送ロボットへ無理やり落とし込んだ初代「花生(Peanut)」の誕生でした。
天井や床に一切のマーカーを貼ることなく、店内の壁やテーブルの配置をミリ単位で記憶し、飛び出してくる子どもを0.1秒で回避する。さらに李通は、ロボットを「1台3万元(約60万円)で売り切る産業機械」から、「1日99元(約2,000円)・月額2,980元のレンタル社員」へとビジネスモデルを転換しました。
初期費用ゼロで「絶対に無断欠勤しない皿運び係」を雇えるこのリースモデルが、中国の巨大外食チェーン・海底撈の目に留まったことで、擎朗智能の運命は劇的に反転します。コロナ禍の「非接触配膳」特需も重なり、同社の年間出荷台数は数千台から一気に数万台規模へと爆発したのです。
創業と「磁気テープ式」の挫折
華中科技大学出身の李通が上海で創業。床面テープ誘導式の初代配膳ロボを試作するも、飲食店の油汚れや障害物に対応できず返品が続出。6年間の困窮期を過ごす。
SLAM自律走行「Peanut」と月額サブスクの発明
マーカー不要のレーザーSLAM技術を低価格化し、第1世代「Peanut」を投入。「1日99元」のRaaS(Robot as a Service)モデルで海底撈など大手外食チェーンへの一斉導入を実現。
ソフトバンク提携と2億ドル調達でユニコーンへ
ソフトバンクロボティクスと提携し「Servi」として日本市場へ本格参入。2021年にはソフトバンク・ビジョン・ファンド2が主導する2億ドルのシリーズD調達を完了し、世界シェア首位を確立。
国内リース価格崩壊と「清掃・二足歩行」への多角化
中国飲食市場の縮小で月額リース料が1,000元割れへ急落。売上の重心を日韓・欧米へ移すとともに、業務用清掃ロボ「KLEENBOT」およびサービス特化型人型ロボ「XMAN-R1」を発表。
3. 「月3,000元から800元へ」:RaaSモデルを襲ったブーメランの惨劇
しかし、擎朗智能を頂点へと押し上げた「月額リース(RaaS)」という武器は、市場が飽和し景気が反転した瞬間、自らの喉元を切り裂く鋭利な刃へと変わりました。
ソフトウェアのSaaSであれば、顧客が解約してもサーバーのアカウントを停止するだけで済み、原価はほとんどかかりません。しかし、重量50キログラムの金属とバッテリー、モーターの塊であるロボットのRaaSは、本質的に「重資産の金融リース業」にほかなりません。
1台の配膳ロボットの製造原価と初期設置・マッピング費用を回収するには、通常12カ月から18カ月の継続稼働が必要です。ところが2023年以降、中国国内の新興飲食店は平均寿命が1年を切るという過酷な淘汰の波に呑まれました。契約からわずか半年で店舗が夜逃げ同然に閉店すれば、擎朗智能の手元には、油汚れの染みついた中古ロボットと未回収の製造原価だけが残ります。
さらに深刻だったのは、ライバルである普渡機器人(Pudu)や猟戸星空(OrionStar)、穿山甲(Pangolin)など数十社との泥沼のシェア争いでした。倉庫に積み上がった返却済みの中古機や過剰在庫をさばくため、各社の営業部隊と代理店は狂気じみた値引き合戦に突入したのです。
| 比較指標 | ブーム絶頂期(2021年頃) | 価格崩壊期(2025〜2026年) | 日本・欧米市場での展開水準 |
|---|---|---|---|
| 中国国内・月額リース料金 | 2,500〜3,000元(約5.3万〜6.3万円) | 700〜1,000元(約1.5万〜2.1万円) | 月額5万〜8万円相当(保守込) |
| 機体買い切り末端価格(中国) | 3.5万〜5万元(約73万〜105万円) | 1万〜1.8万元(約21万〜38万円) | 120万〜200万円前後 |
| 中古市場(閑魚等)流通価格 | 流通ほぼなし | 3,000〜5,000元(約6万〜10万円) | 認定整備品として管理流通 |
| メーカー粗利率の目安 | 50%〜60% | 20%前後(国内単体では赤字圏) | 50%超(高単価・長期契約) |
| 導入店舗の平均契約継続期間 | 24〜36カ月 | 8〜14カ月(閉店による中途解約増) | 36〜60カ月(大手チェーン中心) |
「月額800元(約1万7,000円)で貸し出し、その中から代理店マージンを払い、さらに年に数回の出張修理と部品交換を無償で請け負えば、メーカーの手元には1円の利益も残らないどころかキャッシュが確実に溶けていく」――。
国内の飲食店市場が「売れば売るほど出血する底なし沼」へと変貌する中、李通に残された唯一の生存ルートは、中国で鍛え上げた過剰なまでのサプライチェーンと量産コスト競争力をそのまま海外――とりわけ深刻な人手不足に喘ぐ日本、韓国、北米、欧州――へと輸出することでした。
4. 日本の「通路幅49cm」を攻略せよ:ソフトバンク連携と現地化の摩擦
海外市場、とりわけ日本は、擎朗智能にとって文字通りの「生命線」となりました。
日本国内の外食産業では、少子高齢化によるアルバイト不足が限界に達し、都市部では時給1,300円〜1,500円を出してもホールスタッフが集まらない事態が常態化しています。人間を1人雇えば月20万〜25万円の人件費がかかる日本において、月額5万〜7万円で毎日12時間文句も言わずに重い皿を運び続ける配膳ロボットは、経営者にとって「計算が合う」投資対象でした。

しかし、日本の外食現場は、中国の広大なショッピングモール内のレストランとは全く異なる物理的制約を抱えていました。それが「極端に狭い通路幅」と「汁物に対する異常なまでの品質要求」です。
中国の火鍋店であれば通路幅は1.2メートル以上あるのが一般的ですが、日本の大衆居酒屋や都市型カフェ、古いファミリーレストランでは、テーブル間の通路幅が55〜60センチメートルしかありません。従来の大型ロボットでは、客の背中にぶつかって立ち往生してしまいます。
そこで擎朗智能の開発陣は、車載グレードの独立懸架サスペンションを小型化し、機体幅を極限まで削ぎ落とした結果、「最小通過幅49cm」を実現した超スリムモデル「DINERBOT T8」や「T11」を完成させました。さらに、日本のラーメンや味噌汁、並々に注がれた生ビールが停止時の慣性で1滴たりともこぼれないよう、加減速のジャーク(躍度)制御アルゴリズムをミリ秒単位で書き換えました。
擎朗智能(KEENON)
年産数万台の自社工場・独自SLAM基板・車載級サスペンション
ソフトバンクロボティクス / DFA
「Servi」共同展開や国内代理店網を通じ、焼肉きんぐ・ガスト等の全国チェーンへ保守網を構築
BUTLERBOT W3 / 医療搬送M1
三菱電機やオーチス等のエレベーター制御盤と通信連携し、複数フロアの無人ルームサービスを実現
KLEENBOT(業務用清掃ロボ)
すでに導入済みの飲食店・ホテルの地図データをそのまま流用し、夜間清掃ロボットを追加導入
XMAN-R1(二足・双腕サービス機)
車輪型配膳ロボでは不可能な「皿をテーブルに置く・下げる」ラスト1メートルの手作業に挑む
もっとも、日本や欧米への海外展開もバラ色の道ばかりではありません。現地法人や大手ディストリビューターを介する多重の販売構造では、末端のリース料金が高くても、現地の24時間コールセンター維持費、全国への保守パーツ配送網、そして店舗ごとの初期マッピング作業員の派遣コストが利益の過半を吸い上げてしまいます。
さらに、日本の外食チェーンが一通り配膳ロボットの導入を終えると、「次の成長エンジンをどこに求めるか」という天井が早くも見えてきました。
5. 「皿を置けないロボット」の限界と、人型ロボ「XMAN-R1」の危険な賭け
2025年から2026年にかけ、配膳ロボットを10万台走らせた李通が突き当たったのは、車輪型トレイロボットが抱える構造的な物理限界――すなわち「最後の50センチメートル」の壁でした。
どれほど高度なSLAMでテーブルの横まで料理を運べても、現在の配膳ロボットには「腕」がありません。トレイから皿を取り出してテーブルに並べるのも、食べ終わった汚れた皿をトレイに戻す(バッシングする)のも、結局は客自身か人間のスタッフの手に頼るしかないのです。
客単価の低いファミリーレストランや食べ放題の焼肉店では「客が自分で皿を取る」スタイルが許容されますが、フルサービスのレストランや高級ホテル、介護施設では、皿の上げ下げができないロボットは「ただの動くワゴン」として導入を拒まれます。
この壁を突破するため、世界のロボティクス業界が身体性AI(エンボディドAI)へと雪崩れ込む中、擎朗智能は2025年春、ついに自社のサービス特化型ヒューマノイドロボット「XMAN-R1」を発表しました。
工場のCNC加工ラインに特化した至簡動力(Simplexity Robotics)や、無人薬局のピッキングに挑む銀河通用(Galbot)、9.9万元の二足歩行機で話題をさらう宇樹科技(Unitree)がそれぞれの戦場を模索する中、李通が掲げたのは「車輪型の配膳ロボット(DINERBOT)と清掃ロボット(KLEENBOT)、そして双腕を持つ人型ロボット(XMAN)を1つの店舗内で協調稼働させる」というマルチエージェント戦略でした。
通路の高速移動は安価な車輪型配膳ロボットに任せ、客席での配膳やバーカウンターでの氷入れ・ドリンク提供、下げ膳といった手先作業だけを双腕のXMAN-R1が担うという役割分担です。
しかし、この華やかな構想には冷酷な算盤が立ちはだかります。1台数十万円までコストを削ぎ落とした車輪型ロボットに対し、多関節アームと視覚言語行動モデル(VLA)を搭載した人型ロボットは、製造原価が1桁跳ね上がります。しかも、飲食店の現場で人型ロボットが熱いスープの入った器を掴み損ねて客の上に落とせば、一発で巨額の損害賠償とブランド崩壊を招きます。
国内の月額1,000元割れという泥沼の消耗戦から逃れ、10万台の顧客基盤を武器に「清掃」と「双腕ロボット」へ戦線を広げる擎朗智能。だが、過剰なハードウェア開発投資が再びキャッシュフローを圧迫する中、「飲食店の細い通路で本当に採算が合う自動化とは何か」という問いに対する答えは、まだ誰の手の中にもありません。
参考資料・情報元
- [一次情報] KEENON Robotics株式会社 公式発表:サービス特化型ヒューマノイドロボット「XMAN-R1」および次世代配膳・清掃ラインナップ
- [一次情報] IDC(International Data Corporation):中国商用サービスロボット市場シェアレポート(配膳・ホテル配送部門)
- [一次情報] 36氪(36Kr):商用配送ロボット10万台の裏側、擎朗智能・李通が直面した飲食リース価格崩壊と海外脱出
- [一次情報] 晩点LatePost:飲食店倒産ラッシュと中古配膳ロボの氾濫——サービスロボット業界が迎えた残酷な冬の時代
- [一次情報] ソフトバンクロボティクス:配膳・運搬ロボット「Servi(サービ)」導入実績およびパートナーシップ資料
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