1. 「我々は傲慢だった」:2024年春、深夜の全社集会で流した涙
2024年3月某日の深夜、上海市嘉定区にある極越汽車(Jiyue)本社の大会議室。張り詰めた空気の中、壇上に立ったCEOの夏一平(シア・イーピン)は、マイクを握りしめたまま数秒間言葉を詰まらせ、思わず目頭を押さえました。
「我々は致命的な過ちを犯しました。あまりにも技術に傲慢だったのです。『技術が優れていれば車は自然に売れる』と信じ込み、ギークの自己満足で車を作り、消費者の心の声に耳を傾けていませんでした」
かつて中国のシェアサイクル革命を牽引したモバイク(摩拝単車 / Mobike)の共同創業者兼CTOを務め、英国エセックス大学で通信工学の修士を修めた生粋のエンジニアである夏一平。その彼が、全社員の前で自らの経営判断ミスを公に認めた瞬間でした。
2023年末に鳴り物入りで発売された極越の初号機SUV「極越01」の月間販売台数は、わずか数百台規模に低迷。百度(Baidu)が10年間で1500億元(約3兆円)以上を注ぎ込んできた自動運転プラットフォーム「Apollo」と、吉利控股集団(Geely)が誇る世界最高水準のEV専用骨格「SEA(浩瀚)アーキテクチャ」という、業界屈指の血統を武器にしながら、市場からは冷酷な無関心を突きつけられていたのです。
「造車の難しさは、かつてのモバイク創業の10倍以上です。良い技術を持つことと、それをユーザーの心に届けることは全く別の戦いでした。我々は一度死んだも同然です。だからこそ、プライドを全て捨てて泥臭くやり直すしかありません。」
2. 百度1500億元の重圧と吉利の狭間:「血統の呪縛」が生んだ死角
極越汽車が直面した苦難の根底には、中国巨大ITと伝統自動車大手の合弁が抱える構造的矛盾がありました。
2021年春、百度の李彦宏(ロビン・リー)CEOと吉利の李書福(リー・シューフー)会長の手によって設立された「集度汽車(Jidu)」。後に中国工業情報化部の自動車製造ライセンス規制をクリアするため、吉利主導の「極越(Jiyue)」へとリブランディングを余儀なくされた経緯は、同社に半年以上の対外宣伝空白期という手痛い打撃を与えました。
しかし、真の病根は外部環境ではなく、社内の「エンジニア至上主義」にありました。
2023年初期:技術至上主義と「傲慢の罠」
- 自己満足のギーク機能:物理ボタン全廃、U型ハンドル強要、複雑な画面遷移で一般層が困惑
- 高所からのマーケティング:広告代理店任せの抽象的プロモーションで「ロボットカー」の価値が不伝達
- 販売網の機能不全:直営店舗の展開遅延と、自動車販売の泥臭いオフライン顧客対応の軽視
2024年変革:背水の陣と「ユーザー直結モデル」
- 実用主義への全面回帰:従来の丸型ステアリング選択肢の追加、直感的なUI操作系への刷新
- CEO自らが生配信の最前線へ:夏一平が24時間耐久生配信を行い、ユーザーの批判を直接浴びる覚悟
- 流通チャネルの外科手術:不採算店舗の統廃合、販売インセンティブの抜本見直しと直営即応体制の確立
百度は「自らは車を作らず、最高のAI頭脳を提供する」という青写真を描き、吉利は自社の製造力とサプライチェーンを惜しみなく提供しました。だが、その二大巨頭の期待を一心に背負った夏一平は、「車内から物理ウインカーレバーを排除し、ボタン操作に一本化する」「ステアリングをテスラのような異形U型ヨークハンドルにする」といった急進的なUI設計に走りすぎ、ファミリー層や一般ドライバーを置き去りにしてしまったのです。
ハイテクガジェットとしての完成度を誇るあまり、クルマという日常の道具に求められる安心感と使い勝手を軽視した結果が、初動の販売大惨敗という冷水でした。
3. 「雷軍の背中」を追ったCEO:24時間2000km生配信と泥臭い宣伝戦
「オフィスで洗練されたパワーポイントを眺めていても、1台の車も売れはしない」
危機感を募らせた夏一平が取った行動は、それまでのテクノロジー企業エリートとしての振る舞いからの完全な決別でした。きっかけとなったのは、小米(Xiaomi)の雷軍(レイ・ジュン)CEOが見せた圧倒的なファン直結型のライブ配信マーケティングと、360集団の周鴻禕によるソーシャルメディア旋風でした。
夏一平は宣伝代理店との高額な契約を次々と打ち切り、マーケティングチームを自らの直轄へと再編。自らがスマートフォンのカメラの前に立ち、毎日のようにライブ配信を行う「网红(インフルエンサー)CEO」へと変貌を遂げました。
象徴的だったのが、2024年4月に敢行された「24時間2,000km連続自動運転生配信」です。
夏一平は自ら運転席に座り、上海から広州、深圳へと続く高速道路および過酷な都市部一般道を、百度Apolloのカメラ単体(ビジョン)方式ASD(Apollo Self-Driving)高階知駕システムのみで走破する様子をリアルタイムで中継しました。夜間の豪雨、前走車の急な割り込み、複雑な料金所通過といったヒヤリとする場面も包み隠さず配信し、コメント欄に殺到する辛辣な疑問や批判にその場で自らの言葉で答え続けたのです。
「技術を信じてもらう唯一の方法は、創業者が命を預けて乗っている姿を見せることだ」
エンジニアのプライドを脱ぎ捨て、泥にまみれてユーザーと向き合う夏一平の姿勢は、冷ややかだった車愛好家や若年層ギークコミュニティの空気を確実に変え始めました。
4. 20万元級AIセダン「極越07」の乾坤一擲:テスラと小米への挑戦状
そして2024年9月10日、極越は命運を懸けた第2弾モデル「極越07(Jiyue 07)」の正式発売を迎えました。
上海で開催された発表会の壇上には、百度の李彦宏CEO、寧徳時代(CATL)の曾毓群会長、蔚来(NIO)の李斌CEOが駆けつけ、吉利の李書福会長もビデオメッセージを寄せるという、中国自動車産業の歴史でも極めて異例の重鎮が集結。曾毓群会長は「極越07の最初のオーナー」として夏一平から直接キーを受け取りました。
極越07 (Jiyue 07)
AI時代を定義するBEV知能セダン
百度 (Baidu Apollo)
1500億元投資の成果。ビジョン方式エンドツーエンドASD&文心(Ernie)基盤モデルコックピット
吉利 (Geely SEA)
ロータスや極氪と共有する最先端EVプラットフォーム、卓越したシャシー剛性と生産品質
寧徳時代 (CATL)
麒麟バッテリー技術を結集。超急速充電と最長880km(CLTC)の航続性能
高通 (Qualcomm)
世界初採用の8295P第4世代コックピットチップ。35.6インチ6K画面を遅延ゼロで駆動
夏一平が極越07に込めた戦略は極めて明快でした。「デザインの極致、AIの完全実装、そして価格の破壊」です。
ドイツのレッド・ドット・デザイン賞など世界三大デザイン賞を総なめにした流麗なファストバック造形(空気抵抗係数Cd 0.198)を纏いながら、打ち出した価格設定は業界を震撼させました。
📊 中国20万〜30万元級 主要知能化BEVセダンのポジショニング比較
| 比較項目 | 極越07 (Jiyue 07) | テスラ Model 3 | 小米 SU7 (Xiaomi SU7) |
|---|---|---|---|
| 価格帯 (限時税込) | 19.99万〜28.99万元 (約400万〜580万円) | 23.19万〜33.59万元 (約464万〜672万円) | 21.59万〜29.99万元 (約432万〜600万円) |
| 自動運転ソリューション | 百度Apollo ビジョン方式ASD (エンドツーエンド) | Tesla FSD (中国内導入遅延中) | Xiaomi Pilot (LiDAR+視覚ハイブリッド) |
| 自動運転ソフトウェア価格 | 買切 4,999元 (約10万円 / 限時) | 買切 6.4万元 (約128万円) | 標準装備 (Pro/Max) |
| 車載コックピットSoC | Qualcomm 8295P (60TOPS AI推論) | AMD Ryzen (カスタム組込) | Qualcomm 8295 (単一構成) |
| ディスプレイ形態 | 35.6インチ 一体型6K超ワイド画面 | 15.4インチ センターコンソール単一画面 | 16.1インチ 3K中央画面+フリップ計器 |
| 製造・プラットフォーム | 吉利 SEA(浩瀚)アーキテクチャ | テスラ自社専用ギガファクトリー | 小米自社北京EV工場 |
テスラModel 3や小米SU7がひしめく最も熾烈な激戦区において、極越07はベースグレードで20万元を切る19.99万元(約400万円)という攻めの価格を提示。さらに、通常2.99万元(約60万円)のApollo高階知駕システム「ASD」の永久買切ライセンスを、新車購入時にわずか4,999元(約10万円)で提供するという前代未聞のディスカウントに踏み切ったのです。
「2025年は、高度な自動運転(ADAS)を搭載していない自動車が淘汰される元年になる」
発表会で夏一平が叫んだこの言葉は、単なるマーケティングスローガンではありませんでした。自らを崖っぷちに追い込み、ソフトウェアの収益化よりもまず「知能のスケール(走行データ母数)」を確保しなければ生き残れないという、生存を賭けた第一性原理の帰結だったのです。
5. 日本の自動車産業への鏡:ソニー・ホンダ「AFEELA」が学ぶべき教訓
極越汽車が歩んだこの波乱に満ちた軌跡は、中国市場の一新興ブランドの浮沈にとどまらず、日本の自動車産業、とりわけソニーとホンダの合弁会社である「ソニー・ホンダモビリティ(Sony Honda Mobility)」が推進するEVブランド「AFEELA(アフィーラ)」にとって、極めて生々しい先行事例となっています。
集度汽車の設立と「巨大IT×伝統車企」の蜜月
百度の知能化AIと吉利のSEAプラットフォームが合体。「ロボットカー」という理想主義的なコンセプトを掲げて出航。
ブランド再編の混乱と初号機「極越01」の挫折
集度から極越への名称変更、半年におよぶPR空白、過度なギーク向けUIが招いた販売不振という手痛い洗礼。
夏一平CEOの「脱・象牙の塔」と組織外科手術
深夜集会での猛省、代理店排除、CEO自らの24時間2,000km生配信。エンジニア精神と顧客共感の再統合。
極越07の投入と知能化価格破壊の決断
百度・吉利・CATLの首脳が結集。20万元級AIセダンでテスラに対峙し、自動運転の普及を一気に加速。
ソニーのエンタメ・センシング知見と、ホンダの車両製造・運動性能を融合させようとするAFEELAの構図は、百度と吉利が極越で試みたスキームと驚くほど酷似しています。
しかし極越が流した血が証明したのは以下の冷徹な現実です:
- 「優秀な技術の足し算」は自動的に「魅力的な製品」にはならない:巨大ITのソフトウェア部隊と自動車メーカーのハードウェア部隊の間には、開発スピード感から品質基準、顧客定義に至るまで巨大な溝が存在します。
- ギークの嗜好と一般ユーザーの受容性は異なる:大画面や最先端AIエージェントを詰め込んでも、ドアの開け閉めや空調調整、運転視界といったクルマの基本体験がスポイルされれば、消費者は容赦なく離反します。
- トップが最前線で傷を負う覚悟を持てるか:大企業の「合弁事業」という安全地帯に安住し、誰も最終責任を取らない組織は、テスラや中国新興勢の狂気的なスピード感に太刀打ちできません。
夏一平は一度死線を彷徨ったことで、エリート技術者のプライドを完全に削ぎ落としました。その泥臭い執念が結実した極越07が、今後どれほどの販売シェアをもぎ取れるか。それは、知能化という未曾有の乱世において「魂の宿ったリーダーシップ」がいかにテクノロジーを駆動させるかを占う、最も先鋭的な試金石となるはずです。
情報ソース・参考資料
なお、百度Apollo陣営の自動運転戦略とEVハードウェアの採算構造については、本誌が先に検証した「車体価格を半減せよ」百度RT6、20万元無人タクシーの算盤および「15万元EVに頭脳を積め」大疆・卓馭、車載AIの価格破壊の分析もあわせて参照されたい。
コメント
...