
中国では今、個人の信用情報を活用し、人々の日常行動を管理する動きが加速している。個人の信用度によって個人の「できること」に大きな格差がつく。公開される信用度が高ければ、生活の様々な面でメリットを享受できる反面、例えば「公共料金の支払い遅延を繰り返すと、航空機や高速鉄道に乗れなくなる」「シェアサイクルの返却規定違反を繰り返すと、賃貸契約を拒否される」といった事態が現実化しようとしている。
中国ではスマートフォンベースの決済手段が広く浸透している。すでに現金に代わって日常的な支払い手段の主流となっている。
物販や飲食などリアル店舗やネットショッピングでの支払いのみならず、納税や年金授受、電話料金など各種公共料金の支払い、ローンの返済、列車や飛行機、ホテルなどの予約・支払い(デポジット機能も含む)、個人間のお年玉機能「紅包(ホンバオ)」や慶弔金などの授受、金銭の貸し借りなどあらゆる決済の中核を担う。個人の余裕資金の運用商品や、日本でいう消費者金融のような仕組みもある。中国での日常的生活はモバイル決済なしでは不便極まりない。
アリババグループの信用評価システム「芝麻信用」
Alipayには付随機能として「芝麻(ジーマ)信用」という信用情報管理システムがある。「芝麻」とは中国語でゴマ(胡麻)のこと。おとぎ話の「アリババと40人の盗賊」で「開けゴマ」という呪文が使われるのにちなみ、「ゴマによって(将来の可能性が)開かれる」という意味を持たせている。
購買履歴や資産、納税、公共料金などの支払い状況、もし借入金があればその詳細、返済に関する返済遅延(ブラック)情報なども把握できる。極端な例では交通違反の反則金の納付状況までわかる。さらに個人間の資金のやり取りも記録に残るので、どのような社会階層、どのような資産状況の人間と日常的な交友があるのかもわかる。
「芝麻信用」はAlipayでの支払い履歴のほか、個人の学歴や職歴、マイカーや住宅など資産の保有状況、交友関係などをポイント化。信用度を350~950点の範囲で格付けし、その点数を与信や金利優遇などの判断材料にするほか、本人にも公開している。学歴や資産状況などの入力は任意だが、信用度の指数が上がるとメリットが大きいので、「自分は好条件」と思っている人ほど積極的に入力する傾向がある。
信用スコアを決定する5つの評価領域
信用の点数化は以下の5つの領域に分けて行われている。
- 身分特質:ユーザーの社会的ステイタスや高級品消費など
- 履約能力:過去の債務や支払いの履行能力
- 信用歴史:クレジットカードなどの利用履歴(クレジットヒストリー)
- 人脈関係:交友関係やネットワークの質
- 行為偏好:消費面の際立った特徴や行動パターン
スコアの評価帯は以下のように分類されている。
- 700〜950:「信用極好」(極めて優秀)
- 650〜699:「信用優秀」
- 600〜649:「信用良好」
- 550〜599:「信用中等」
- 350〜549:「信用較差」(やや劣る)
評価の具体的基準は明らかにされていないが、公式コメントでは、評価点数を上げるには税金や公共料金、家賃などをきちんと納付すること、信用力の高い友人と多く付き合うこと、なるべく安定した収入を確保し、支出を計画的に行うこととされている。自分の現在の点数は「芝麻信用」のアプリを開けば個人ページですぐに見ることができる。点数の改定は毎月上旬に行われ、まるで成績表をもらうように、ドキドキしながらアプリを開くという人が増えている。
日常生活のあらゆるシーンに浸透する信用スコア
例えば、中国の賃貸マンション大手「自如(Ziroom)」は2016年7月、自社の過去の顧客75万人の利用履歴と「芝麻信用」の信用評価点数の連結を開始し、そのことを利用客に積極的に告知している。信用点数の高い顧客には優先予約や料金の優遇などを行う一方、ポイントの低い顧客は最悪の場合、入居予約を断る。また毎回の利用状況、支払い記録、トラブルの有無などを継続的に記録し、顧客の評価として信用点数評価に反映する。
点数の高い利用者にしてみれば、「あそこには評価の低い客は入れない」とわかれば安心との心理が働く。実際の運用はともあれ、「あなたの信用情報を積極的に活用していますよ」というメッセージを出すことで、質の低い顧客を遠ざけ、優良な顧客を惹きつけようとしているのである。同様の動きは全国規模のホテルチェーンなども追随しており、ゆくゆくは中国のサービス業界のスタンダードになる可能性もある。
さらにユニークなものとしては「芝麻信用」の「シェアリングサービス連携」がある。これは信用スコアが600点以上あれば、街の各所に設けられたレンタル拠点で、雨傘やモバイルバッテリーなどがデポジットなし(無料で借りられる・返却時に精算)で利用できるというものだ。使用後、規定通り返却すれば信用点数の評価にプラスとして反映される。このほか、シェアサイクルのMobike(モバイク)の使用状況も「芝麻信用」の評価に反映されると発表されている。要は、とにかく「正しい」日常生活を送ることで信用点数を上げなさいという強い動機が働く仕掛けになっている。
国家政策としての「個人信用体系」
こうした民間の信用情報の充実ぶりに政府は強い関心を持ち、官民の信用情報連結に熱心だ。中国南西部に位置する貴州省は2017年1月、「芝麻信用」と信用情報の利用協定を締結。「信用度の高い者を支援し、低い者を懲戒する」措置を進めると発表した。そこには当然、人々に「良い行動」を促し、社会の安定を促進、治安を維持する狙いがある。
もともと中国政府には独自の個人情報管理ネットワークがある。国務院(内閣に相当)は2016年12月には「個人信用体系建設の指導に関する意見」を発表、過去の信用データの蓄積に基づいて、航空機や鉄道の利用に際して車両の損壊や車内暴力など問題行為のあった乗客、のべ700万人以上に対し、チケットの購入禁止などの措置を実施した。
中国で航空券や列車のチケットの購入には統一の身分証(住民身分証)での番号登録が必要なので、芳しくない前歴があると航空機や高速鉄道などの利用が禁止され、移動には在来線やバスを利用しなければならない。現実の不便もさることながら、自分にそのような前歴があることを隠しておくことが難しくなる。極めて厳しい措置といえる。当局は「今後の社会では信用は第二の身分証だ。失えば外出もままならなくなる」とメディアなどで強い警告を発している。
まとめ:利便性とプライバシーの天秤
こうした信用情報管理の仕組みが急速に広がるのは、詰まるところ、これまで中国社会で最も欠けていたものが「信用」だったからだ。社会の構成員間の相互信頼が低いが故に、取引のコストは高くなり、社会の安全維持のためのコストも高くつく。そういう状況が続いてきた。
その状態が今、劇的に変わろうとしている。「信用の低い社会」という中国の現状を変えようと決意し、誰でも安心かつ安全に取引できる仕組み──タオバオ(淘宝網)やAlipay、そして「芝麻信用」などを次々と生み出してきたのが、アリババのジャック・マー(馬雲)という企業家である。今や中国の多くの人々の行動を、力による強制ではなく、本人自身の意志でもって規範化に向かう仕組みを作り上げてしまった。そこには政治との絶妙な間合いの取り方がある。つくづく驚嘆せざるを得ない。
情報のデジタル化を武器に、権力と民間が一体となって個人の信用情報を網羅的に管理し、その「アメとムチ」によって個人の行動を変えさせる。その試みは、まさに中国ならではの凄味がある。そのすべての基盤は「快適かつ安全な社会の実現はプライバシーに優先する」という社会のコンセンサスにある。これが他の国で実現できるかといえば、簡単ではないだろう。
おそらく中国は今後、どんどん効率的な社会になっていくはずだ。これは社会の安定、治安の維持にとっては極めて都合が良いことである。ただ、こうした安全・安心かつ効率的な社会がどのような副産物を生むのか、それはまだ誰にもわからない。そして、このような社会は、世界各国のデジタルインフラの進化とともに、程度の差こそあれ、いつかは直面せざるを得ない方向性なのかもしれない。
情報源:NEC、ChinesePayment編集
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