
英Financial Times紙の報道によると、中国のモバイル決済市場規模は2016年に米国の約50倍に達した。多くの欧米メディアやアナリストは中国の「後発者優位(リープフロッグ)」に驚いているが、この急速な成功をもたらした最も重要な要因は、規制の柔軟性と、決済エコシステムが持つ圧倒的な多様性・利便性にある。
モバイル決済を牽引する2大巨頭とプラットフォーム効果
中国のモバイル決済市場を独占しているのは「Alipay(支付宝)」と「WeChat Pay(微信支付)」である。AlipayはECモール「タオバオ(淘宝網)」の取引決済手段(エスクロー)として普及し、WeChat Payは中国最大のSNS「WeChat(微信)」のチャットやソーシャルネットワーク機能と紐づく形で発展した。これらは、数億人のアクティブユーザーが集まる超巨大プラットフォームであり、中小の事業者にとって極めて効率的に顧客へリーチできる販売チャネルでもある。
特に注目すべきは、WeChatを活用した個人・小規模ECビジネス「微商(ウェイシャン / ソーシャルコマース)」の台頭である。事業者は自らのWeChatアカウントで製品情報を投稿し、「モーメント(タイムライン機能)」を通じて友人に共有する。一般のソーシャルユーザーからは「タイムラインが宣伝だらけになる」といった不満の声も聞かれるが、このソーシャルネットワーク上の人脈を直接マーケティングに生かす手法は、個人店やスタートアップが初期顧客を獲得し、さらに友人による拡散(シェア)を通じてバイラルに売上を伸ばす強力な手段となっている。
さらに微商の事業者は、専用のECサイトや在庫管理システムを維持する必要がなく、従来のプラットフォーム出店に伴う高額な保証金や運営コストを大幅に節約できる。特定のモール内で検索順位を上げるための広告費も不要だ。WeChatは、個人の人間関係(ソーシャルグラフ)をそのまま商業的なネットワークへと変換する仕組みを提供し、ビジネスの参入障壁を劇的に下げた。これにより、売買双方の間に強力な「決済インフラへの需要」が生まれ、WeChat Payの利用拡大を決定づけた。
日米市場との構造的違い
米国のモバイル決済市場は、主にApple(Apple Pay)やSamsung、Googleなどのハードウェア・OSベンダーが提供する決済手段が中心となっている。しかし、iOSとAndroidの仕様の違いや、決済端末の非互換性から、全プラットフォームに対応する共通の簡易決済アプリを民間だけで構築することが難しかった。また、FacebookやTwitter(現X)などの巨大SNSは主にネット広告事業に注力しており、WeChatのようにチャット内でシームレスに完結する自社決済システムを構築してこなかったため、取引時の最終決済は現金やクレジットカード、銀行振込に頼らざるを得ない。PayPalもオープンな決済プロバイダーとして機能しているが、クレジットカードを完全に置き換えるには至っていない。
一方、実店舗(リアル小売)の観点から見ると、AlipayやWeChat Payの最大のメリットは「QRコード」の採用である。店舗側は専用のICカード読み取り端末(クレジットカード決済端末やFeliCaリーダーなど)を導入する必要がなく、紙に印刷したQRコードを店頭に置くだけで決済の受け入れが可能になる。これにより、個人経営の屋台や小規模店舗でも初期費用ゼロでデジタル決済を導入できた。
また、中国でクレジットカードの普及率が歴史的に低かったことも、モバイル決済が急速に浸透した「後発者優位」の好例である。AlipayやWeChat Payはデビット決済(銀行口座直結)またはプリペイド方式を主としているため、クレジットカード特有の加盟店側の高い決済手数料や、チャージバック(不正利用等による支払い拒否)のリスク、支払い不履行リスクから事業者を開放した。
生活の「インフラ」として定着した機能群
最後に、AlipayとWeChat Payは単なる買い物の決済にとどまらず、個人間の割り勘送金や「紅包(ホンバオ、デジタルお年玉)」の送り合い、さらにはアプリ内で少額からの資産運用(理財商品「余額宝」など)ができる金融ハブとして機能している。
これらは、日米の決済サービスが金融規制や業界の縦割りによってなかなか実現できなかった領域である。一部で規制強化の議論はあるものの、この圧倒的なオープン性と包括性こそが中国のモバイル決済システムを数億人の日々の暮らしになくてはならない「社会インフラ」へと押し上げた最大の要因である。
情報源:環球時報
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