
AIモデルがテキストや画像を処理する段階から、物理的な世界でロボットを動かし、作業を実行する「物理AI(身体性AI / Embodied AI)」への移行が世界中で急速に進んでいます。この分野において、新たな重要なブレイクスルーがもたらされました。
モバイル決済「Alipay」などの金融テックで知られる蚂蚁集団(Ant Group)のロボティクス研究チーム「Robbyant」は、多様なロボットアームや人型ロボット(ヒューマノイド)を一つのAIモデルで制御できる、オープンソースの視覚・言語・行動(VLA:Vision-Language-Action)基盤モデル「LingBot-VLA 2.0」(60億パラメータモデル)を公開しました。
オープンソースプラットフォーム「ModelScope(魔搭)」やGitHubなどで関連コードと事前学習済みウェイトがApache-2.0ライセンスで無償公開され、実用的なロボット開発の現場に大きなインパクトを与えています。
1. 筐体の壁を超える「55次元の統一アクション空間」
従来のロボットアームや自動搬送車(AGV)などのロボットシステムでは、制御プログラムやAIモデルは「特定のハードウェア筐体」に依存して個別に構築・チューニングされていました。例えば、A社の5軸アーム用の制御モデルは、B社の双腕ロボットや多指ハンドには流用できないのが常識でした。
LingBot-VLA 2.0がもたらした最大の技術革新は、異なるメーカーや形状のロボットを統一された表現でコントロールする「55次元のキャノニカル(標準)アクション空間」の構築です。
この55次元のベクトル表現には、以下のすべての制御信号がシームレスにマッピングされています。
- アームの関節位置:14次元
- エンドエフェクタ(手先)のポーズ:14次元
- グリッパー(把持部)の開閉:2次元
- 多指ハンドの各関節:12次元
- 腰部の位置制御:4次元
- 頭部の位置制御:2次元
- 移動ベース(台車部)の走行信号:3次元
- 予備スロット:4次元
これにより、モデルは単一アームのシンプルな産業用ロボットから、上半身のみの人型ロボット、さらには移動台車と多指ハンドを組み合わせたフルスペックのモバイル・マニピュレータまで、ハードウェアの境界を意識せずに同一のモデル基盤(バックボーン)で制御可能になりました。
2. Qwen3-VLとDeepSeek型MoEを融合した先進アーキテクチャ
LingBot-VLA 2.0は、視覚とテキストを理解するために「Qwen3-VL-4B-Instruct」をバックボーンモデルとして採用しています。カメラ画像(視覚情報)と「赤いカップを掴んで棚に置いて」といった日本語や英語の自然言語指示を受け取り、瞬時にロボットが取るべき具体的な動作コマンド(アクション)に変換します。
また、複雑なマルチタスクや多様なロボット形態を単一モデルで効率的に学習・処理するため、アクション予測を行うモジュールに「Sparse MoE(混合専門家)構造」を導入しています。
このMoE技術は、話題の超巨大LLM「DeepSeek-V3」と同様のルーティング設計を応用したものです。ロボットがアームを動かしているときはアーム制御の「専門家(Expert)パラメータ」が活性化し、車輪で走行しているときは移動制御の「専門家」が活性化します。これにより、実行時の計算コスト(アクティブパラメータ数)を抑えつつ、モデル全体の表現力を飛躍的に高めることに成功しました。
学習データには、20種類以上のロボット構成による実機走行ログ5万時間と、人間が作業する様子を一人称視点で捉えたビデオデータ1万時間の計6万時間に及ぶデータセットが投入されています。
さらに、ロボットが動作を決定する際、現在の空間の「幾何学的な奥行き(LingBot-Depth)」と、数秒後の未来に何が起きるかという「時間的推移(DINO-Video)」の2つの特徴量を予測する「デュアルクエリ蒸留(Dual-Query Distillation)」手法を採用し、ロボットの動作決定における空間的・時間的な判断精度を高めています。
3. 「汎用AI脳」を実機に即時デプロイできる時代へ
Googleの「RT-2」などの先行VLAモデルは、学術的なデモや限られた実験用ロボットでの検証にとどまっており、実際の製造現場や開発者が実機に組み込むのは困難でした。これに対し、LingBot-VLA 2.0は開発者コミュニティやオープンソースエコシステム(Hugging FaceのLeRobotなど)との連携を強く意識したパッケージングを行っています。
公開された評価データによれば、一般的なNVIDIA GeForce RTX 4090Dグラフィックカードを搭載したPCを用いれば、動作決定(インフェレンス)の1サイクルあたり約130ミリ秒という実用レベルの低遅延で実機へのリアルタイム配信制御(Policy Deployment)が可能です。
スマートフォンの製造や自動車の自動運転など、世界最大の精密製造サプライチェーンを持つ中国では、人型ロボットや産業ロボットの自律化・低コスト化に向けた競争が激化しています。螞蚁集団のようなIT大手が、これまで金融やソフトウェアで培ったAI技術をロボットの「インフラとなる脳」としてオープンソース公開したことは、ロボット開発のソフトウェアコストを劇的に引き下げ、物理世界のデジタル化を大きく加速させるマイルストーンとなるでしょう。
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