
2019年4月26日、**ラカラ(拉卡拉/Lakala Payment)**の創業者兼CEOである孫陶然(スン・タオラン)氏は、深セン証券取引所の上場セレモニーで鐘を10回打ち鳴らしました。
中国のA株市場(国内主要株式市場)に上場する初の「サードパーティ決済(第三者決済)」企業として、歴史の扉を開いた瞬間です。
のちにWeChat PayやAlipayといったモバイル決済大手が中国を席巻するはるか前に誕生し、幾多の市場変化を生き抜いてIPO(新規公開株)を達成した、独立系決済パイオニアの波乱に満ちた14年間の歩みを紐解きます。
2005年、モバイル以前のキャッシュレス決済インフラの開拓
ラカラの歴史は、まだスマートフォンもWeChatも存在しない2005年の北京で始まります。アリババのジャック・マー(馬雲)氏がオンライン決済のAlipay(支付宝)を立ち上げて間もない頃です。
当時の中国では、キャッシュカードやクレジットカードの保有率が低く、オンラインバンキングも極めて使いづらい環境でした。人々は水道代や電気代などの公共料金の支払いや、携帯電話のプリペイドチャージ、カードの引き落としを行うために、銀行の窓口に何時間も並ばなければなりませんでした。
そこで孫陶然氏は、日常的に利用されるコンビニエンスストアのレジ横に**「セルフサービス式の決済POS端末(ラカラ端末)」**を設置するアイデアを考案しました。
- ビジネスモデル:ユーザーは近所のコンビニに行き、ラカラ端末にキャッシュカードを通して暗証番号を入力すれば、その場で公共料金の支払いやクレジットカードの返済ができる広域ネットワーク。
- コンビニ提携:セブン-イレブンやファミリーマートといった主要コンビニチェーンと提携し、瞬く間に国内コンビニの95%以上に設置。消費者が「生活インフラをカードで支払う」という習慣のパイオニアとなりました。
Xiaomi創業者レイ・ジュン氏との出会いとシード投資
この破壊的なアイデアに共鳴したのが、のちに総合家電メーカー「Xiaomi(シャオミ/小米科技)」を創業する雷軍(レイ・ジュン)氏でした。
当時、オンライン書籍サイト「Joyo.com(卓越網)」を米Amazonに売却して手元に潤沢な資金を持っていたレイ・ジュン氏は、ラカラに50万ドル(約5,500万円)のシードマネーを即決で投資。創業者である孫氏自身も同額を投じ、残りは大手PCメーカーLenovo(レノボ/聯想集団)の親会社レジェンド・ホールディングス(聯想控股)が引き受け、資本金200万ドルでスタートを切りました。
2008年にはAlipayとも提携。Alipayユーザーが実店舗のラカラ端末で自身のネット決済用デポジット口座に現金をチャージする仕組みを構築し、2009年末には全国38都市で3万台以上の端末を稼働させ、月間600万件以上の取引を処理する大企業へと成長しました。
スマートフォン革命による危機と「B端(加盟店向け)」へのピボット
しかし、2013年以降、モバイルインターネットとスマートフォンの爆発的普及がラカラのビジネス基盤を揺るがしました。
AlipayやWeChat Payがスマートフォンアプリになり、ユーザーは自宅にいながらスマートフォンの画面上で公共料金の支払いや送金を瞬時に完了できるようになりました。わざわざコンビニのラカラ端末に足を運ぶ必要性が消失し、同社は急速に顧客トラフィック(C端:消費者向けビジネス)を失うことになります。
この存亡の危機において、ラカラは**「B端(マーチャント・加盟店向け決済インフラ)」への大胆なピボット(業態転換)**を実行しました。
【ラカラのピボット戦略】
[旧モデル:消費者向け端末]コンビニに設置し、個人がカードをスワイプして公共料金を払う
▼ モバイル決済(スマホ)の普及で衰退
[新モデル:加盟店向け決済ソリューション]
小売店に「スマートPOS端末」を提供。銀聯カード、WeChat Pay、Alipay、Apple Payなど
すべての決済手段を1台で統合して処理するマルチ決済ゲートウェイプロバイダーへ転換。
同社が開発した「スマートPOS端末」は、クレジットカードの読み取りはもちろん、WeChat PayやAlipayのQRコードスキャン、Apple PayなどのNFC決済までをすべてカバーしました。中小店舗にとって「これ1台を置けばあらゆる決済に対応できる」必須ツールとなり、ラカラは決済端末の販売と決済処理手数料(アクワイアリング)を主たる収益源とする総合決済サービスプロバイダーとしての第二の黄金期を築きました。
14年越しのIPOへ、立ちはだかった「迂回上場規制」の壁
ラカラの上場は、激しい規制変更の歴史でもありました。
- 第1回目:初期に検討した米ナスダック(海外)への上場計画は、中国の「決済ライセンス(持牌金融)」規制の変更により、外資規制を避けるため国内上場へ方針変更を余儀なくされました。
- 第2回目(2016年):すでに上海市場に上場していた「チベット観光(西蔵旅遊)」という企業の経営権を買収し、そこにラカラの資産を注入して実質的に上場させる「シェル会社を利用した迂回上場(借殻上市)」を試みました。しかし、市場の過熱を嫌った中国証券監督管理委員会(CSRC)による突然の規制強化に遭い、断念に追い込まれました。
- 第3回目(2019年):独立した上場申請(IPO)を実直に再申請し、ついに承認を勝ち取りました。
まとめと日本市場への教訓
ラカラが歩んだ歴史は、日本のモバイル決済市場の行方を見通す上でも多くの知見を与えてくれます。
日本でも現在、リクルートの「Airペイ」や「Sqaure」、「Stripe」といったマルチ決済マルチ端末を提供するアクワイアラが決済インフラの主導権を握っています。
中国で「WeChat PayやAlipayという民間プラットフォーマーの直接対決」が注目されがちですが、その裏で「あらゆる決済手段を店舗で束ねるインフラ」を構築し、泥臭く店舗を開拓したラカラのような企業が存在し、巨大な収益を上げている事実は、決済インフラビジネスの本質が加盟店の決済接点にあることを示しています。
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