中国において、テンセント(Tencent、騰訊)のメッセンジャーアプリ「WeChat(微信)」がプライベートから業務にいたるまで不可欠な社会インフラとなっていることは広く知られている。今日の中国では、WeChatが停止することは他人とのコミュニケーションが途絶えるだけでなく、日常生活の決済や移動、食事の調達といった生命線が止まることを意味する。
こうした極端な依存度を生み出しているのが、WeChat内の独自機能群である「ミニプログラム(小程序)」の充実と、それに伴う「スーパーアプリ化」の進展である。ミニプログラムとは、アプリをダウンロードすることなくWeChat内で起動して動作する軽量アプリのことで、メガアプリの中に何百万ものサブアプリが内包された状態を指す。日本の例で言えば、LINEのプラットフォーム上に「LINE Pay」や「LINE MUSIC」、サードパーティの店舗予約サービスがシームレスに組み込まれている状態に近い。
圧倒的なスクリーンタイムの占有
WeChatの存在感がいかに強大であるかは、ユーザーの「利用時間(スクリーンタイム)」の統計データに顕著に現れている。
中国のスマートフォンユーザーの1日平均インターネット利用時間は約273分(約4.5時間)に達するが、そのうち約91分(約3分の1)がWeChatという単一のアプリ上での活動に費やされている。日本のユーザーにおけるLINEの1日平均利用時間が約26分(WeChatの3割未満)であることと比較すると、WeChatがいかに中国市民の時間を独占しているかがわかる。
ユーザーの日常におけるWeChatミニアプリの利用シーンは、朝起きてから夜寝るまでのライフサイクルに完全に組み込まれている。
- 朝: 天気やニュースの確認、通勤時のシェアサイクルのロック解除や地下鉄改札の通過決済。
- 昼: オフィスでの昼食デリバリー(フードデリバリー)の注文や割り勘決済。
- 夕方: 移動のためのタクシー配車、ショッピングやレストランの検索・予約。
- 夜: 帰宅中の音楽鑑賞、動画視聴、ECサイトでの買い物。
これらの全てのサービスは、WeChat Pay(微信支払)という共通の決済インフラを通じて数秒で支払いが完結する。
ユーザーと企業を惹きつけるインセンティブ
ミニプログラムのメリットは、利用ユーザーとサービスを提供する側の企業の双方にとって極めて明快である。
- ユーザー側のベネフィット:
- スマートフォンのメモリを圧迫しない(容量節約)。
- 個別のアプリごとに新しいアカウント登録やパスワード設定、クレジットカード登録を行う手間がゼロ。
- WeChat内ですべてのサービス履歴や領収書が一元管理できる。
- 企業・店舗側のベネフィット:
- App StoreやGoogle Play向けに個別のネイティブアプリをフル開発するコストと時間を大幅に削減できる。
- ゼロから自社のウェブサイトやアプリへ集客するよりも、WeChatの巨大なユーザー基盤からダイレクトに顧客を獲得しやすい。
- WeChat Payのインフラをそのまま利用でき、顧客の行動データに基づくCRM(顧客管理)が極めて容易である。
スーパーアプリ間の覇権争い
中国のデジタルエコシステムでは、WeChat以外にもアリババの「Alipay(支付宝)」や検索大手の「Baidu(百度)」、バイトダンスの「Douyin(抖音)」などがそれぞれミニプログラムのプラットフォームを展開しているが、利用規模においてはWeChatが他社を圧倒している。
統計によると、ミニプログラム経由の月間アクティブユーザー(MAU)は、WeChatミニアプリが約7億人で圧倒的首位。次いで、アリババ系(Tmallなどと連携)が約4億人、Baidu系が約3億人でこれを追っている。単なる連絡ツールから出発したWeChatは、自ら決済とサブアプリのインフラを提供することで、中国のモバイルエコシステムにおける絶対的なオペレーティングシステム(OS)へと進化を遂げた。
出所:NETIB NEWS、QuestMobile調査レポート
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