
中国市場におけるモバイル決済は、「現金からQRコード」へという第一段階の変革を終え、すでに**「QRコードから生体認証(顔認証)」**という次の段階へ進んでいました。
その起爆剤となったのが、アリババ系の金融大手アント・グループが運営する決済アプリ「Alipay(支付宝)」が投入した顔認証決済端末**「蜻蜓(チンティン/意味:トンボ)」**です。
街のベーカリーから始まった「顔パス決済」の日常化
北京市内で300店舗以上を展開する大手ベーカリーチェーン「味多美(Wedome)」を皮切りに、Alipayの新型顔認証端末「蜻蜓」の導入が急速に進みました。
消費者は初回利用時に、自身のAlipayアカウントと顔情報をスマートフォンで紐付けておけば、それ以降は財布もスマートフォンも取り出す必要がありません。レジ横に設置されたiPadほどの大きさの端末「蜻蜓」のカメラに顔を向けるだけで、わずか数秒で決済が完了します。
顔認証端末「蜻蜓」がもたらした5つのイノベーション
「蜻蜓」は、それまで大型で導入コストが高かったスーパーマーケット向けの自動セルフレジから、街の個人店でも置ける「卓上デバイス」へと顔認証決済の敷居を劇的に下げました。
- 極限までの小型化 従来の縦型セルフレジ端末と比較し、容積を約10分の1に削減。レジカウンターの限られたスペースに容易に設置可能になりました。
- 既存POSシステムとのプラグイン連携 店舗がすでに利用しているPOSレジシステムにUSB等で接続するだけで、複雑なシステム改修なしで顔認証機能を追加できます。
- 3D構造光(Structured Light)カメラの搭載 iPhoneのFace IDなどでも採用されている3D構造光技術を搭載。光のパターンを顔に照射して奥行きを測定するため、写真や動画の提示によるなりすましを防ぎ、双子やメイク前後の顔であっても正確に識別します。
- ディープラーニングによる本人確認の簡略化 初期の顔認証決済では認証後に携帯電話番号(セキュリティ保護のため)の入力が必要でしたが、AIのディープラーニング向上により顔スキャンのみでの認証精度が格段に向上しました。
- 劇的な導入コストの削減 端末価格を従来の無人決済設備に比べて約80%引き下げ、数千元(数万円程度)での提供を実現。個人経営の店舗でも手が届く価格帯となりました。
ライバルWeChat Payとの「蜻蜓(トンボ) vs 青蛙(カエル)」戦争
Alipayが「蜻蜓」を市場に投入すると、すかさずライバルのテンセント(騰訊)も対抗端末**「青蛙(チンワー/意味:青カエル)」**を発表しました。
中国のキャッシュレス業界では、この「トンボ(Alipay)と青カエル(WeChat Pay)」のキャラクターを冠した小型顔認証端末が激しいシェア争いを繰り広げました。両社は加盟店に対し、端末の無償提供や決済手数料の割引キャンペーンを大々的に行い、普及を競い合いました。
実際、Alipayの「ダブルイレブン(双十一)」ショッピングフェスティバルでの統計では、決済の6割以上が生体認証(指紋・顔認証)で行われたことが記録されており、ユーザー側の心理的抵抗感も薄れていました。
顔認証決済の現在地と今後の課題
自動販売機でのスマートフォンによるQRスキャン決済(画面立ち上げ、スキャン、確認)が最短でも12秒程度かかっていたのに対し、顔認証決済では顔を向けるだけなので最速で5〜7秒程度に短縮され、購入プロセスがさらにスムーズになりました。
しかし、その後の経過を見ると、顔認証決済がQRコード決済を完全に駆逐したわけではありません。
- プライバシー懸念:自分の生体データが民間の決済プラットフォームに集約されることへの懸念。
- コロナ禍のマスク着用:2020年以降、マスクを着用した状態での顔認証が難しくなり、一時的にQRコードスキャンに需要が回帰したこと。
- 衛生面・顧客体験:店舗のカメラの前に立ち止まることへの心理的障壁。
現在、これらの端末は「顔認証」だけでなく「店舗のデジタル販促スクリーン(クーポン提示など)」や「QRコードスキャナー」と組み合わせた、ハイブリッド型の店頭デジタルサイネージ端末として機能しています。
日本国内でもコンビニやオフィスの無人決済で顔認証の実験が進んでいますが、中国におけるこの「トンボと青カエル」の戦いは、生体認証決済の実用化におけるハードウェア普及のハードルを下げる重要なマイルストーンとなりました。

情報源:科技日報
コメント
...