従来のマルチモーダルAIは、テキストを中心とする言語モデル(LLM)に対して画像エンコーダーや音声モジュールを外付けする「パッチワーク型」が主流でした。しかしこの手法では、視覚や音声を一度テキスト的な意味表現へと無理やり変換する過程で、膨大なニュアンスや時空間情報が失われてしまいます。中国生活サービス大手の美団(Meituan)は2026年4月、視覚・音声・テキストを同一の離散トークン空間で対等に扱うネイティブ・マルチモーダル基盤モデル「LongCat-Next」を公開しました。AIに「世界を直接知覚する母語」を与える新アーキテクチャの核心に迫ります。
1. 離散ネイティブ自己回帰パラダイム「DiNA」の技術構造
LongCat-Nextの中核を支えるのは、美団が独自提唱する新パラダイム「DiNA(Discrete Native Autoregressive)」です。
テキストのみならず、高解像度画像や連続音声をそれぞれ専用のベクトル量子化トークナイザー(VQ-VAE / Wav-VAE)によって離散トークン列へと変換。トランスフォーマーモデルは、これら異種モダリティのトークンを完全に同一の語彙空間(Vocabulary)内でフラットに扱います。
これにより、モデルは「テキストから次の単語を予測する(Next Token Prediction)」のと全く同じ自己回帰メカニズムで、次のピクセルブロックや音声波形トークンをシームレスに直接予測・生成できます。モダリティ間の変換アダプターが介在しないため、情報損失が原理的に発生しません。
テキストを介した『通訳』ではなく、視覚と音声を自らの『母語』として直接思考する。これがネイティブ・マルチモーダルAIの本質です。
美団 AI研究所 マルチモーダル基盤モデルチーム2. 視覚・音声・テキストの真のオムニ統合
従来のマルチモーダルモデルとの設計比較は以下の通りです。
| 比較項目 | 従来型マルチモーダル(GPT-4V/LLaVA系) | LongCat-Next(DiNAパラダイム) |
|---|---|---|
| トークン空間 | テキスト中心+投影レイヤー(Projection) | 視覚・音声・テキストが完全統合された単一空間 |
| 生成メカニズム | テキスト出力後に外部拡散モデル等を呼び出し | 単一の自己回帰ループ内でテキスト・画像・音声を直生 |
| レイテンシ | 多段パイプラインによるパイプライン遅延大 | エンドツーエンドの単一フォワードパスで低遅延 |
| ライセンス形態 | 商用APIまたは重みのみ公開 | コード・ウェイト・論文が完全オープンソース |
LongCat-Nextは、ユーザーからの音声入力に対して、途中でテキスト書き起こし(ASR)を挟むことなく、直接思考して音声トークンで即座に応答することが可能です。会話の「間(ま)」や声のトーンをネイティブに把握できるため、極めて人間的で自然な対話が成立します。
3. オープンソース化が促すマルチモーダル研究の民主化
美団はLongCat-Nextのモデル重み、学習スクリプト、およびトークナイザー実装をGitHubおよびHugging Face上に無償公開しました。
これまでネイティブ・マルチモーダルモデル(Omni型モデル)の開発は、膨大なアライメントデータと莫大な計算リソースを独占する米中メガテックの一握りに限られていました。美団によるオープンソース公開は、世界中の大学やスタートアップが独自のオムニ型AIエージェントを自前構築できる道を切り開くものです。
4. フィジカルAI・生活サービスへの展開ロードマップ
美団がネイティブ・マルチモーダルに注力する最大の理由は、現実世界と物理的に交差する「具身智能(エンボディドAI)」と「都市生活オペレーション」の存在です。
- 自律走行配送車・ドローン:街頭カメラの映像と環境音を直接統合理解し、歩行者の接近やサイレンの音を即座に回避行動へ反映。
- 飲食店舗向けマルチモーダル接客機:来店客のジェスチャー、表情、注文音声を同時に認識し、ストレスのない即時注文受付を実現。
- 家庭用ヘルスケアロボット:利用者の顔色や話し方の変化から健康状態の揺らぎを自然に察知。
5. まとめ:日本市場への示唆と次世代AIの地平
「テキストだけを理解する知能」から、「光と音と文字が一体となった現実世界を理解する知能」への進化は、ロボティクスやIoTにおいて世界最高峰のハードウェア技術を擁する日本企業にとって最大の好機です。
美団のLongCat-Nextが実証した「DiNA」パラダイムとオープンソース基盤は、日本のスマート家電、車載インターフェース、介護ロボットなどの知能化を劇的に加速させる強力なエンジンとなるはずです。
よくある質問(FAQ)
Q:LongCat-Nextの「DiNA方式」とは何ですか?
A:画像・音声・テキストの全データを離散トークンとして単一の語彙空間に統合し、次トークン予測の自己回帰ループだけで全モダリティを同時に処理する美団独自の新設計です。
Q:従来のマルチモーダルAIと何が違いますか?
A:従来型はテキストLLMに外部モジュールを繋ぎ合わせる「通訳型」でしたが、LongCat-Nextは視覚や音声をAI自身の「母語」として直接理解・生成するため、意味の欠落や遅延がありません。
Q:研究開発や商用利用は可能ですか?
A:モデルウェイトおよび推論・学習コードがオープンソースとして公開されており、開発コミュニティで自由に検証・活用が可能です。
なお、同領域における最新の産業構造と競争力学については、本誌が検証した「目と耳を1つの頭脳に」アリババQwen2.5-Omniの衝撃および「80点の3Dはゴミだ」Tripo、秒速生成の狂熱と冷酷な現実の分析もあわせて参照されたい。
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