スマートフォンをはじめとするモバイルインターネット利用者が約7億人に達した中国で、チャットアプリを起点とする決済エコシステムが急速に拡大しています。この中国国内のキャッシュレス化の波が、日本の小売店舗にも大きな変化をもたらしています。スマートフォンでの買い物が当たり前になった中国の若い世代による、新しいインバウンド需要を取り込むためです。
「チャットアプリ」から「生活インフラ」への進化
テンセント(Tencent)が開発した「WeChat(微信)」は、月間アクティブユーザー数が2016年第1四半期に7億6,200万人を突破しました。これは日本のLINE(約2億1,840万人)の約3.5倍に相当する規模です。
WeChatには決済機能である「WeChat Pay(微信支付)」が組み込まれており、ユーザーは自身の銀行口座を連携させることで、デビットカードのように即座に支払いを済ませることができます。電気・水道などの公共料金から、タクシー代、レストランでの食事、コンビニでの買い物に至るまで、生活のあらゆる場面で利用され、今やチャットアプリを超えた「デジタル社会のインフラ」として機能しています。
調査会社アイリサーチによると、中国国内のモバイル決済市場は2014年に前年比5倍の**5兆9,924億元(当時のレートで約115兆円)**に達し、異次元の成長を遂げました。
若年層の台頭と決済手段のシフト
これまで訪日中国人観光客による「爆買い」の支払い手段といえば、中国のクレジットカード・デビットカードの国家標準規格である「中国銀聯(UnionPay)カード」が圧倒的でした。しかし、スマートフォン決済に完全に馴染んだ「80后(1980年代生まれ)」や「90后(1990年代生まれ)」といった若い世代の台頭により、決済の主役はカードからスマートフォンアプリへと急速にシフトしつつあります。
この変化にいち早く対応したのが、日本国内の決済代行業者や小売店です。
WeChatを活用して、店舗の割引クーポンを配信するだけでなく、おすすめの飲食店や商品のクチコミ情報を発信することで、決済の利便性向上だけでなく「店舗とユーザーとの継続的な関係構築」を進めることが極めて重要です。
当初は日本の小売店にとって馴染みの薄かったWeChat Payですが、大丸松坂屋、ロフト、アインファーマシーズなど100社以上が相次いで導入。2016年5月からは「プランタン銀座」が銀座の百貨店として初めて導入するなど、急速に関心が高まっています。
大丸松坂屋が仕掛けるインバウンド「第二幕」への仕込み
ネットスターズの支援を受け、2015年9月に国内の百貨店で初めてWeChat Payを導入した大丸松坂屋では、インバウンド免税売上高が2012年の34億円から2015年には338億円へと3年間で10倍に急成長しました。この売上高のうち約7割が中国本土の顧客によるもので、中華圏全体では約8割を占めています。
同社では当時、免税品支払いの約7割を依然として銀聯カードが占めていましたが、若年層の利便性向上のためにWeChat Payを追加導入しました。当初は1日の利用が数件にとどまっていましたが、テンセントと共同でキャッシュバックキャンペーンを実施したところ、1日50件を上回る利用を記録し、認知度が一気に高まりました。
また、2016年に入ると円高や中国政府による関税引き上げ(行郵税の改定)の影響で、時計や高級バッグなどの「高額品」の需要が一時的に冷え込みました。代わりに伸びてきたのが、化粧品や日用品といった「ミドル〜ロープライス」の実用的なアイテムです。
大丸松坂屋でインバウンドを担当する小野圭一部長は、次のように語ります。
「中国人観光客によるインバウンドが爆発的に成長していた時期(第一幕)が過ぎ、今年からはセカンドフェーズ(第二幕)に入っている。インバウンド市場は波を打ちながら中長期的には成長していくため、今いかにお客様との関係構築を仕込めるかが重要になる」
大丸松坂屋は、WeChat公式アカウント(フォロワー数3万人突破)を通じておすすめ商品やお買い得情報を発信し、観光客が日本にいる間だけでなく、帰国後も越境ECを通じてリピート購入できる「アウトバウンド」の仕組みづくりも模索し始めています。
世代間で分かれる決済スタイル
実際に中国の各主要都市に住む20人へのヒアリング調査によると、40代以上の観光客は依然として銀聯カード(クレジット/デビット)を多用する一方、20〜30代の若年層はほぼ全員がWeChat Payやアリペイ(Alipay)を利用すると答えました。特に女性のスマートフォン決済比率が高く、クレジットカードの「ポイント」と決済アプリの「割引キャンペーンやクーポン」を賢く比較して使い分ける傾向が見られます。
爆買いブームがラグジュアリーからコスメ・ライフスタイル品へと移行する中で、この「スマホ決済の導入」と「SNSを通じたデジタル顧客体験の提供」は、日本の小売業がインバウンド第二幕を生き抜くための極めて強力な武器となっています。
情報源: 毎日新聞
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