
日本を訪れる外国人旅行者、特にデジタル決済や配車サービスが完全に生活に溶け込んでいる中国などの旅行者から見ると、当時の日本のタクシー配車サービスの普及スピードにはもどかしさがありました。
しかし、2018年末、日本のモバイル配車市場は複数の大手プレイヤーが入り乱れ、一気に「戦国時代」へと突入しました。その中で最も世間の注目を集めたのが、DeNA(ディー・エヌ・エー)が仕掛けた破壊的なマーケティング施策**「0円タクシー」**でした。
2018年、群雄割拠の日本タクシー配車アプリ市場
当時、日本のタクシー配車サービスは、規制の壁に阻まれながらも各社が提携タクシー会社を囲い込み、シェア拡大を急いでいました。
1. GO(旧JapanTaxi)
日本交通グループの代表である川鍋一朗氏が牽引する「JapanTaxi(ジャパンタクシー)」は、提携車両数が全国トップで、業界の先駆者でした。のちにDeNAの事業と統合され、現在の日本トップシェアアプリ**「GO」**へと進化することになります。
2. S.RIDE(ソニー連合)
ソニーと都内の大手タクシー会社5社などが共同で新会社(みんなのタクシー)を設立。ソニーのAI技術(需要予測など)と決済ノウハウを武器に、東京エリアで強固な基盤を築く計画を進めていました(翌年「S.RIDE(エスライド)」としてローンチ)。
3. DiDi(滴滴出行)とソフトバンク
中国の配車サービス巨人「DiDi(滴滴出行)」がソフトバンクと合弁会社「DiDiモビリティジャパン」を設立。2018年秋に大阪でサービスを開始し、怒涛の割引キャンペーンで急速にユーザーを獲得していました。
4. Uber(ウーバー)
グローバルリーダーであるUberは、他国で見せる一般ドライバーによる「ライドシェア」が日本の道路運送法(いわゆる白タク行為の禁止)で厳しく規制されているため、日本国内では既存のタクシー会社と提携する「タクシー配車」に徹し、名古屋や大阪から展開を開始していました。
インパクト抜群の「0円タクシー」のビジネスモデル
このような混戦の中で、DeNAが2018年12月に期間限定で実施したのが「0円タクシー」です。
自社の配車アプリ**「MOV(モブ)」**(旧タクベル、現・GO)の認知度向上と東京エリアへの進出を目的とし、運賃および迎車料金をすべて無料にするという、これまでにない破壊的なキャンペーンでした。
【0円タクシーのビジネスモデル】
[スポンサー企業] ── 広告宣伝費・協賛金 ──> [DeNA (MOV)]
[DeNA (MOV)] ── 運賃+迎車料金を補填 ──> [タクシー会社・乗務員]
[乗客(ユーザー)] ── 広告の視聴・サンプリング ─> 無料で目的地まで乗車
日清食品「どん兵衛」とのコラボレーション
第1弾の協賛企業は日清食品でした。 車体には「日清のどん兵衛」の巨大なラッピングが施され、車内のシートやディスプレイもどん兵衛仕様にカスタマイズ。乗車した顧客にはどん兵衛のカップ麺がプレゼントされるなど、サンプリングと実体験を組み合わせたプロモーションが実施されました。
この取り組みは「無料タクシー」という分かりやすいバズワードにより、メディアやSNSで爆発的な話題となり、アプリのダウンロード数を劇的に押し上げる起爆剤となりました。
規制の壁と、AI技術による差別化の行方
日本市場において配車アプリが乗り越えなければならない最大の課題は、既存の「強固な法規制」と「提携車両数の確保」です。
一般車を利用したライドシェアが原則禁止されている日本(※2024年に一部地域・時間帯で日本版ライドシェアが解禁されるまで長らく禁止されていました)では、プラットフォーム間で「限られたタクシー会社の争奪戦」が繰り広げられました。
DeNAはこの課題に対し、以下の2つの強みで対抗しようとしていました。
- 実証実験による実績 神奈川県で行った「タクベル」の実証実験では、導入したタクシー会社で稼働率が向上し、利用者のタクシー乗車回数が劇的に増加するというデータを示しました。
- AIを活用した需要予測(タクシー配車最適化) DeNAの強みであるディープラーニング技術を用いて、天候やイベント情報、過去の乗車データから「どこに顧客がいるか」をリアルタイムで予測するシステムをタクシーの車載端末に配信。乗務員の売上向上と乗客の待ち時間短縮をAIで同時に実現するアプローチです。
まとめ
DeNAが2018年に仕掛けた「0円タクシー」は、広告収入によって交通インフラのコストを相殺するという、極めてインターネット的でユニークな試みでした。
この激しい配車アプリ競争は、2020年に「JapanTaxi」と「MOV」が統合し、巨大配車アプリ「GO」が誕生したことで一つの節目を迎えます。かつて上海や深センで繰り広げられた「キャッシュレスと配車の融合」による都市交通のDXは、このように形を変えて日本でも着実に進行していきました。
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